アスレティックスとマイナー契約 18歳 森井翔太郎が意気込み | NHK

大リーグのアスレティックスとマイナー契約を結んだ18歳の森井翔太郎選手が会見し、「一つ一つ自分のできることをやっていきたい」と意気込みを話しました。森井選手はドジャースの大谷翔平選手と同様、投打の二刀流で大リーグ昇格を目指すということです。

東京の桐朋高校の3年生で18歳の森井選手は、最速153キロのピッチングと高校通算45本のホームランを打ったバッティングで投打の二刀流として注目され、先月、アスレティックスとマイナー契約を結びました。AP通信などアメリカのメディアは契約金は151万ドル、日本円でおよそ2億3000万円と伝えています。契約後、アメリカで練習を続け、10日帰国したという森井選手は国立市にある高校の校舎で会見し、「小さい頃からの夢だったので、メジャーの球団と契約できてうれしい。自分が見ていた世界に今すぐ行けるわけではないが、一つ一つ自分のできることをやっていきたい」と意気込みを話しました。今後はピッチャーとショートの練習を続け、ドジャースの大谷選手のように投打の二刀流で大リーグ昇格を目指すということで、「アスレティックスは二刀流で高く自分を評価してくれたし、若手をどんどん使ってくれるので、自分にもチャンスがあると思った。4年、5年くらいでメジャーに上がれたら最高かなと思う」と笑顔を見せていました。

森井選手は、来月からアリゾナ州でアスレティックス傘下のマイナーリーグのキャンプに参加する予定で、「投打ともにパワーが全然足りないという課題はあるが、ことし1年はまず環境やプロの生活に慣れていきたい。自分はあまり前例を考えない、考えたくないタイプなので、“異例”と言われることに特別感はない」と力強く話していました。

日本の高校や大学からプロ野球を経験せずに大リーグの舞台に立ったのは3人のみで、全員がピッチャーです。1人目はマック鈴木さんで、21歳だった1996年にマリナーズで大リーグ初登板を果たし、主に先発としてロイヤルズなどで通算16勝をあげました。2人目は多田野数人さんで、24歳だった2004年に当時のインディアンズで大リーグにデビューしました。大リーグでは、通算15試合に登板して1勝をあげ、2007年には日本のドラフト会議で日本ハムから1位指名を受けて入団し、7年間で通算18勝をあげました。3人目は現在、社会人野球のENEOSに所属している田澤純一投手で、23歳だった2009年にレッドソックスで大リーグデビューを飾りました。2013年にはリリーフとして71試合に登板して防御率3.16をマークするなど活躍し、チームメートだった上原浩治さんとともにワールドシリーズ制覇に貢献しました。大リーグでは通算388試合に登板し、21勝をあげました。

日本のプロ野球を経ずに大リーグデビューした日本選手の野手はいませんが、岩手県の花巻東高校からアメリカのスタンフォード大学に進学した19歳の佐々木麟太郎選手が「大リーグは自分自身が最終的に目標にしている場所」と話すなど、憧れの舞台を目指してプレーを続けています。

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